人事 を 尽くし て 天命

大丈夫かな?」 と、オロオロしがちです。 しかし、たいていの場合、 不安にかられた行動というのは ロクなことがありません。 それ以上やっても無意味なのに あせって無茶な練習をしてケガをしたとか、 心配しすぎて眠れなくなって 試験の当日寝不足で失敗したとか、 恋愛でも、そのままでうまくいくのに 不安だから相手の浮気をかんぐりすぎて嫌われたとか。 不安が原因で失敗した例は、いくらでもあげられそうです。 なんでそんなに失敗の例が スラスラと出てくるのかは聞かないでくださいね。 失敗は成功のもと、ということにしておいてくださいね。 まあとにかく、そういった失敗をしないため、 「しっかりと勉強したのだから、大丈夫」 「これだけきっちり練習して うまくいかなかったら、もうしょうがない」 というところまで、やれることをやるのは 自信をつける意味でも大事だと思います。 それでも大丈夫かな? というときに 「人事を尽くして天命を待つ」 ということわざを思い出すといいでしょう。 こんな解釈はおかしいのでは? このことわざが嫌いという人は 「人事を尽くして天命を待つ」の 天命を待つ、という部分が いかにも運まかせで、やる気がないように 感じるからじゃないかと思います。 たしかに、かならず成功してみせる!

  1. 人事を尽くして天命を待つ 意味
  2. 人事を尽くして天命を待つ 類語
  3. 人事を尽くして天命を待つ 言った人

人事を尽くして天命を待つ 意味

直訳:ベストを尽くして、残りは天(神)にさせなさい。 意味:できる限りのことをしたら、あとは天に任せる。 解説 この言葉は、「人事を尽くして天命を待つ」をそのまま英訳した表現です。 日本語と同じように「the heavens(天)」を使ってもいいですし、英語っぽく「God(神)」を使ってもOKです。 Do your best and leave the rest to Providence. 人事を尽くして天命を待つ 類語. 直訳:ベストを尽くして、残りは神に任せなさい。 意味:できる限りのことをしたら、あとは神に任せる。 用語:Providence:神 解説 こちらも「Do your best and let the heavens(God)do the rest. 」とよく似た表現です。 「Providence」は最初が大文字なら「神」を表しますが、小文字の「providence」は神の摂理、森羅万象に神が介入することを意味します。 Do the likeliest, and God will do the best. 直訳:最も起こりそうなことをせよ、そうすれば神も最善を尽くすだろう。 意味:ベストを尽くせば、幸運や成功がついてくる。 用語:the likeliest:likely(ありそうな、起こりそうな)の最上級 解説 この言葉も「人事を尽くして天命を待つ」に相当する英語表現です。 「the likeliest」は「likely」の最上級です。 「最もふさわしいこと(=全力を尽くすこと)をすれば、それに応じて神も最善を尽くしてくれるだろう」といったニュアンスです。 「人事を尽くして天命を待つ」の英語表現について解説しました。 >>ことわざ一覧に戻る

人事を尽くして天命を待つ 類語

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人事を尽くして天命を待つ 言った人

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉は、南宋時代の儒学者の胡寅(こいん)の言葉です。 胡寅(1098~1156)は、字は明仲。現在の福建省の出身。幼い頃から利発で、学問を良く学び、進士に合格しました。南宋初代皇帝、高宗の命により官職につきました。 出典は中国の「読史管見」(とくしかんけん)という書物から出た故事成語です。著者は、南宋時代の政治家であり儒学者の「胡寅」(こいん)です(1098~1156)。 「読史管見」の意味は、史書を読んだ感想という意味です。東晋の謝安の言葉として「人事を尽くして天命に聴(まか)す」という言葉がもとになりました。 「人事を尽くして天命を待つ」の類義語 「人事を尽くして天命を待つ」の類義語として、「果報は寝て待て」と「天は自ら助くる者を助く」という言葉があります。 ■ 「果報は寝て待て」の意味 「果報(かほう)」は、良い結果の意味です。「寝て待て」の意味は、何もせず待てという意味です。もともとは仏教の「因果応報」の教えです。善いことをすれば楽になるという意味で、「善因楽果」の考え方によるものです。 ■ 「天は自ら助くる者を助く」の意味 英語にすると、「Heaven helps those who help themselves.

何はともあれ、私が言いたいことは、 "天命"を見つけるためには、それなりの"人事を尽くす"必要がある ということです。 これが、 私の捉えている「人事を尽くして天命を待つ」の、もう1つの意味 です。 "人事を尽く"さねば、天命は得られない。そして…… そして、もうひとつ。 「天命を待って、人事を尽くす」 ということも言えるのではないかと思っています。 例えば、先ほど 、理想の道("天命")から外れれば外れるほどに、辛さや嫌な思いを感じることになる と書きました。 ということは、 もし"天命"(理想の道)を捉えることが出来る前に、全力疾走で"天命"から外れた方向に突っ走ったとするなら ばどうでしょう? 速く走った分だけ、苦しみや嫌な感覚もたくさん味わうことになる のではないでしょうか。 そして、その 軋轢を味わうことになるのは突っ走った本人だけにとどまらず、周囲の人にも全力疾走で突撃を繰り返す ことにもなりかねません。 私が常々、 "言葉の力"は強力だからこそ注意が必要だと言っている裏には、実はこのような背景がある のです。 "天命"を捉えられていない人が、"言葉の力"のような強力な力を表面的なテクニックとして使うことは、まだ刃物の扱い方を知らない小さな子供がナイフを振り回すようなもの なのです。 これは、 いわゆる「 引き寄せの法則 」などと呼ばれるような思考やイメージの現実化作用についても同じことが言える でしょう。 だからこそ私は、最初は"大きな一歩"ではなく" 小さな一歩 "を踏み出すことの大切さを、何度も書いてきたのです。 【 参考記事 】 人生を後悔しない生き方の秘訣―"小さな一歩"を今すぐ踏み出す! 心をひとつに道を切り拓く "天命"(理想の道)を捉えることなしに、"人事を尽くす"(全力疾走する)と危険(道を外れる) なことはわかりました。 また、 "天命"を得るためには、"天命"を得るための努力("人事を尽くす")が必要 であることもわかりました。 ということは、次のような姿勢が大切だともいえるでしょう。 人事を尽くして天命を待ち、天命を待って人事を尽くす。 "天命"が得られるまでは、"天命"を得るために"人事を尽くし"、ひとたび"天命"を得たならば、今度はその実現のためにまた"人事を尽くす"。 これを別の側面から考えれば、「 "天命"がなければいくら"人事を尽くして"も徒労に終わり、"人事を尽くす"ことがなければ"天命"は実現しない 」のだと見ることはできないでしょうか?

June 14, 2024, 2:40 am